危機感の話

本当の書き出しは

さて、今回はちょいとライフハック的な、

人間関係を作る上で、

もしくは組織運営をする上で、

これが1番大事なポイントだ!

という私視点のキーポイントについて

書いてみたいと思う。

…という書き出し

だったはずであった。

この回は当初は

「チームワークの話」というテーマで

書き進めていた所だった。

タイトル画像もこんな感じで

ポップに作っていた所だった。

だが皆さんご存じこんな情勢になってしまった。

この回のテーマは危機感に関するものだが、

コロナウイルスが猛威をふるっている

この現在においては、

危機感がチームワークに及ぼす

影響について書くより、

危機感そのものをある程度

掘り下げたほうがきっと中身があるものに

なるんじゃなかろうか、と思ったのである。

というわけで、危機感について、

今回は書いてみたいと思う。

危機感とは何か

そもそも危機感とは何か?

という所から考えたい。

危機感とは、簡単に言い換えると

「当事者意識の高さ」

のことである。

ちなみに、危機感から最も遠いところにいる言葉は

「他人事」である。

今回のコロナの件はまだ収束なんぞ

目処もつかない段階であるが、

ちょっと思い出してほしい。

まだ2月〜の段階、みなさんは

「中国で何か知らんけど起きているらしい」

と言うことはもちろん知ったであろう。

だがその時は完璧に

「他人事」だったはずだ。

他でもない私もそうだった。

そこから感染が拡大して、

日本でも感染者が出た、

旅客船で感染爆発、

そこからジワジワやばそうだとは思いつつ、

まだ「そのうちなんとかなるでしょ」

という意識だったはずだ。

(いまだに「そのうちなんとかなる」と

思っている人もかなり存在しているであろうが)

そこから各国で感染が広がり、

日本は持ちこたえている…?

と一瞬思ったりしたが、

マスクが店頭から消え、

トイレットペーパーも品薄になり、

自分の実生活に迷惑を被る段階になって

みなさんはようやく

「何だよ、面倒臭いな…

 というかそんなにやばい事態なの?」

と思い始めたのではないか?

さて、そこから時間が経ち、

今現在の状況を考えてほしい。

多くの企業が自粛要請、時差出勤に従い、

会社員はリモートワークの準備に追われ、

飲食業界は営業停止ギリギリの狭間で戦い、

停止分の採算の計算をしながら電卓を叩いて絶望し、

頭を抱えながらロックダウンに怯え、

正社員でない人間は給料がもらえなくなった場合、

どうしようか、と方策を真剣に考え

署名に参加したり補助金を調べたりしている。

そしてあなたは給食当番のマスクを2枚配ると

言った安倍さんがエイプリルフールのネタでは

なく、本気なんだと知ってようやく、

選挙に行くことは大事なのかもしれない

と思い始めているはずだ。

ここまでの当事者意識の高さはどうだろうか、

当初比で0<100ぐらいの差で

変わっているのではないだろうか?

これがわかりやすい

「危機感」というものの実態である。

最悪なことにこれ以上ないほど良い例えが

今回のコロナウイルスの件でできてしまうのが

辛いところだ。

リアルパンデミック

さて、ここからである。

1月末の時点でYouTubeの動画などで

武漢にいる人間が

「世界のみんなが思っているよりも

 相当やばい状況だ、

 実際は感染者は10万人程度いる」

という告発動画をあげた。

私もその動画を視聴した。

事実というソースがないなどという批判も

コメントに見られたが、

仮にこれが事実だとしたら本当にパンデミックだし

バイオハザードのようなことが起きてる、

という意識を私はそのとき持った。

でも、それを試しに職場で言ってみたが、

みんな決まって反応は

「えー、本当ー??」

という感じで、都市伝説のように捉えてるなあ、

という感想であった。

”感動もの”の役割

ところで今このブログを読んでいる人は、

昔沢尻エリカのドラマで

「1リットルの涙」

というものが流行ったのを覚えているだろうか?

もちろん見たし泣いた、

自分が何の気なしに生きる「明日」は

誰かの生きたかった明日かもしれない、

1日を大事に生きよう、

そういう感想を持った人は多かったはずだ。

私は世の中にあるそういうものは、

「感動」をツールにして「危機感」を

 おすそ分けしてくれるもの、

だと考えている。

1リットルの涙は実話を元にして

ドラマ化されている。

おそらく主人公のモデルとなった人物は

自分のことを知った全ての人に病気の怖さや、

生きることができるありがたさを

伝えたかったはずだ。

そしてその思いを伝えるためには、見る人に

「自分のことのように」

感じてもらう必要がある。

そうなのである。

「他人事」では感動できない。

「自分のことのように」感じてもらうことで

感動が生まれ、人の心を動かすのである。

(「本当にあった怖い話」が「創作の怖い話」と

 銘打たれていたら誰も見ないだろう)

必ずしも

感情移入できる=危機感の完璧な共有

ということでは決してない。

ただ、危機感を共有するためのきっかけや

取っ掛かりには大いになりうる。

私が言いたいのは、

意味的にかなり語弊はあるものの、

「1リットルの涙」を見てすらできる

「危機感の同調」を

 なぜみんなやらないのか

ということである。

身近な危機感の差

さて、ここから本来この記事で書こうとしていた

チームワークについて少し取り上げながら

書いていこうと思う。

本来は、

チームワークに必要なのは

「危機感の共有」であり、

人間関係においてこれ以上重要なテーマは

この世に存在しない、

ということを私は書こうとしていた。

例を挙げてみよう。

①妊娠・出産のケース。

奥さんが子供を産み、育てる中で、

奥さんはもっとも危機感が高い人間となる。

それが当たり前なのは、

奥さんは自分の身体を

もろに使って子供を産んでいるので

”他人事”という壁が最初から存在しないからだ。

旦那さんとの意識レベルが違うのも理解できる。

生まれたての赤子が生きるも死ぬも、

自分にすべてがかかっている、

というプレッシャーは

母親にすさまじいストレスを与えるが、

それはある意味、

同時に母というマインドに

否が応でも適応させられるということでもある。

なので、当事者意識を持てない、

という悩みからは母親のほうが

解放されやすいといえる。

(ちなみに避妊に対する男女の意識の差も

 もろにこれだ。

 堕胎に伴う負担を負うのは女性のみ、

 女性と男性が背負うリスクは天と地の差がある)

逆に父親が出産後のケアや

育児を母親と同等にこなしている

家庭のチームワークは最高にとれている

と考えることができる。

②経営者と従業員のケース。

さて、ここに飲食店があるとしよう。

オーナーはより多くのお客さんにきてもらうための

店作りをし、利益率のいいメニューを考え、

バイトや社員を雇って店を効率的に回す方法を考える。

仮に「客足が遠のく」ことがあれば、

それは大ピンチであり、

逆に客足が上がれば売り上げも上がって

大ハッピー、ということになる。

そこにやる気のないバイトの学生が

いるとして考えてみよう。

時給制のバイトは、お客さんの多さに

関わらず、同じ時間働けば給料は同じである。

  

暇な方が楽でいいやー!!

と考え、暇な時にはケータイをいじり、

店内の冷蔵庫に入って自撮りをしていたのが

オーナーに見つかって怒られるも、

めんどいので速攻で辞め、別のバイトを始める。

さて、これがもしスタッフがお客を呼べば呼ぶほど

給料に見返りがある制度で、休みも補償され、

逆に売り上げが下がると給料も下がる、

という社員の場合だったらどうだろうか。

  

とにかく客足は絶やさないように努力したり、

暇な時は売り上げを確保するために何ができるか

真っ先に考えるのではないだろうか。

自撮りをする暇などは全くない。

この場合従業員はオーナーとほぼ同じ

危機感を持っているのは自明である。

オーナーとのチームワークは抜群になるであろう。

自分事になることによって

危機感とチームワークは

0にも100にもなる、ということは

お分りいただけただろうか。

”恐怖に駆られる”のと

”危機感を持つ”ことの違い

さて、ここでコロナウイルス感染の危機に

怯える現在に戻ってもらいたい。

みんなようやく「やばい」と思い始めて

自分の身を守るための行動を

ガンガンし始め、それが残念なことに

トイレットペーパーなどの紙類の

「買い占め」という結果になっている現在である。

勘違いしやすいポイントなのだが、

「本当に危機感を持つ」ことと、

「恐怖に駆られる」ことは、

 似て非なるものだ。

危機感の中に「恐怖」という要素は

確かに確実に含まれている。

だが、「恐怖に駆られる」と、

周囲のことが全く見えなくなってしまう。

あなたが目隠しをされて海に突き落とされたら、

と考えてほしい。

視界がない上に息もできない。

確実にパニックに陥る。

サメもいるかもしれないしね

でも、目隠しはなく、明るい海に

突き落とされたらどうなるだろうか?

とりあえずは浮上するために、あなたは

海面に向かって泳ぐのではないか?

”見えている”こと、視野を確保すること、

すなわち

「周囲の状況が把握できる」

「他人や社会のことを見ることができる」

「未来予想ができる」

「冷静に考えることができる」

これは正しく危機感を持つために

必要不可欠な要素である。

「同じ危機感を持つ」

 ことの難しさ

さて、ここまでダラダラと書いてきた。

危機感は持っている方がなんか

良さげかもって私が言いたいんだな、

というのはお分かりいただけたと思うが、笑

別に危機感はなくても一生を無事に

過ごしていける人も中にはいるだろう。

ただ大抵は、人生には思いもよらぬピンチが訪れたり、

「思ってたのと違う」事態が起きるものである。

(そういう「いざという時」になって

悲劇の主人公になったとギャーギャー騒ぐのは、

大抵普段何にも考えずに生きているポンコツ

ばっかりであるがな)

せっかく日本人は保険に入りたがるマインドを

持っているのだから、

普段から危機感の共有をしませんか?

というのが今回の命題である。

危機感の最大の敵は、

「何も考えずに毎日何となく過ごすこと」

であり、逆に最大の友は

「毎日を戦略的に過ごすこと」

である。

戦略的にと言っても、

別に壮大なテーマで生きなくてもいいのである。

人生の節目で

「最悪の事態を1回シュミレーションする」

これだけである。

詳しい話は以下参照👇

「不安の本質」の話

今現在、毎日をこなすことが

精一杯な人だっているし、

頑張りすぎてつらい人だっている。

そういう人は頑張らなくていい。

あなたはよくやっている。

まあ私一押しのオススメアニメでも見て

心を穏やかにしてほしい。👇

好きなアニメを淡々と紹介していくシリーズ~ほのぼの編

そうではなく、

今回恐怖に駆られて、

「他の人間なんて知らないよ!

 そんなの当たり前じゃん!怖いし」

と開き直ってしまったYOU、

そして

「こいつ何危機感危機感ほざいてんの?

 危機なんてあるわけないじゃん」

とおつむからカラカラ音がしているお前は、

何とかならなくなったら

お前はどうするの?

ということと、

今の社会って

どういう状況なの?

というところから考え始めてくれ。

危機感の共有は、

「客観的な現状把握」

「対処法を共に考えること」

から始まる。

客観視に必要なのは他者の視点であり、

なおかつ同じチームの人間の視点であることだ。

その人間と「現在位置」の確認をする、

そして対処法を考える、

会社で働く人間、社会に生きる人間にとって

これ以上重要なタスクはないと言ってもいい。

最後に

私はこれから一生を共にする人が

現れるとしたら、

”危機感の共有がスムーズな人”

一択だと考えている。

今回のコロナのことで

その思いはさらに強くなった。

暗くなる必要はないのだが、

コロナ離婚と騒がれている原因も

おそらくこれが多数を占めるだろう。

今現在、私もみんなと同じく不安な気持ちだ。

今日から在宅勤務も始まった。

でも自分が今できることははっきりしている。

私が今感染して余命が幾許も無くても、

そうでなく健康であっても、

面白い文章や心に残る文章、

みなさんが笑ってくれる文章や

ためになったと思ってくれるような文章を

書き続けるだけである。

で、そもそも私が危機感を持つに至った

印象的なエピソードがある。

エピローグとして

次回に示していますのでぜひ!!

危機感の話〜エピローグ

みんな無事でいておくれ。

終わり!!

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