営業時代の話⑤〜飛んだ同期の巻

営業時代の話①〜毎日の日経新聞の巻

営業時代の話②〜「時間の価値」は違うの巻

営業時代の話③〜勢いは大事の巻

営業時代の話④〜初めての上司の話

☝これまでの話はこちら!

食ってみな、飛ぶぞお

さて、このシリーズも謎の息の長さに

なりつつあるが、今回は飛んでしまった

同期の話をしていくぞよ。

ちなみに「飛ぶ」とは、ちょっと前に流行った

あの人のセリフの意味ではない。

「高飛び」の方の「飛ぶ」である。

そう、「飛ぶ」とは、

いきなり連絡も取れなくなり、

引継ぎも0で正式なやり取りもなく、

会社をバックれる輩の行動のことである。

ちなみに私は会社をバックレたことはないが、

バイト先をバックレたことはある。

昔歯科衛生士のバイトを1か月ぐらい

やっていた時、入って3日目から

1人で現場を回すことになり、

ユニット4つとか5つとかを

いきなり捌かなければいけないことになった。

(ユニットはあの背もたれが倒れる椅子ね)

器具の名前もろくに覚えらえない状態で、

それぞれのユニットに1時間とかそれ以下の

時間単位のスケジュールで患者さんの予約が入っていて、

それぞれの担当の先生と患者名、

どういう治療をして、どの器具を準備

しておかないといけないのか、

そして新しい患者さんが席に座った時点で

あの首掛けのエプロンをかけ、

名前の確認と声掛けをして…

という作業を間違えることなく

滞りなくやらなければならなかった。

もちろんめちゃくちゃ間違えたり、

そもそもこれって何…?

というな謎の名称の器具が毎日出てきた。

そして空き時間には器具の消毒や、

ガーゼ類の補充などをする。

マジでこの時給でこの仕事量は割に合わんな、

と思いながらかなり無理しつつ、

ギリギリの状況で働いていたのだが、

一番意味が分からなかったのは、

周りのフォローや、新人に付いて教える、

という環境が全くないところであった。

(歯科医師ってマジで嫌な奴多い)

しばらく我慢したが、この現場無理だ…

と体調不良を理由に2日間休んでから、

あとはそのまま電話に出ず、

そしてそのままサヨナラした、

という嫌な思い出である。

「ここが嫌だ」という原因がある程度明確なのに、

その原因を変えることは明らかに不可能な

状況だと判断してからは

もはや我慢大会であった。

話がそれたが、不動産業界は、

この「飛ぶ」奴が死ぬほど多い。

基本キツい業界や、金が大きく動く業界、

そして水商売の世界などでは

「飛ぶ」文化は一般的であるが、

まあ雰囲気的に貸金業と同じ立ち位置の

社風まっしぐらな会社もまだまだ多いので、

そういう会社にいる人は

納得してくれるだろうか。

そして今回は、飛んだ元同期のS君について

書いていこうと思うぞよ。

下衆キューピーとの出会い

基本的に、不動産・証券・保険・商社に

勤める男たちは、

ノリノリ、イケイケな人種が多い。

相互の業界で転職する人間も山のようにいる。

彼らは大抵スタイリッシュなスーツを着ている。

大体みんな派手目なストライプのスーツを

必ず2着は持っている。必ずだ。

喫茶店やファミレスでギラギラしたやつが

ストライプのスーツを着ていたら、

10中8、9彼らの誰かである。

だが、さすがにそんな業界といえども、

新卒で入社する初日に

いきなりボルサリーノみたいな

スーツを着てくる奴はいない。

そう、まさかの衝撃だったので、

よく覚えているのだ。

Sは、入社式にかなり派手なストライプのスーツを着てきた

のである。

紺の生地に、白い刺繍のストライプで、

目を引くブルーのネクタイをしていた。

そして何よりも、

彼はキューピーにそっくりだと

言っても過言でないほどの

ベイビーフェイスだった。

目は細かったし、髪の毛はジェルで固めた

2ブロックだったが、

体型は豆タンクというか、マジで身体も

キューピーだったのである。

ちょっと想像してほしい、

かなりアンバランスな姿である。

赤ちゃん豆タンクが

ストライプのスーツを着て、

2ブロックの髪型でガハガハ笑っているのである。

私は(なんだこいつ…?面白そうだ)

という興味を全く隠すことなくSに話しかけた。

驚くことに、Sとの会話はスムーズで、

謎の引力で話せてしまう下衆さがあった。

(これは何だか覚えがあるぞ…?)

そう、Sは中身が完全にオッサンだった。

外見はベイビーフェイスなのに、

中身は下衆おじさんで、

下ネタ大好き、ゴシップ大好きの、

いい方というよりも

むしろ悪いほうのギャップを持つ

面白いパターンの人間だった。

名前は一瞬で覚えた。

私以外の新卒、他社員全員そうだったと思う。

彼は第一印象では新卒の中、

抜きんでてトップの爆発力を持っていた。

Sの苦労

前々回ぐらいでサクッと書いたが、

営業部には各上長ごとに

○○ラインというものがあり、

ラインごとに営業スタイルは全く異なる。

新卒の営業は部長の裁量によって、

それぞれのシマに所属して、ライン長から

営業を1から学んでいく、という形だった。

Sは最終的に飛ぶまでに、

いろいろなラインを転々とした。

基本、しばらくやってみて売れなかったら

ラインを変えて、他の営業スタイルで

試してみる、という形なのだが、

Sは、本当の意味で追い詰められる、

というのが少し苦手な人間だったように思う。

詳しく説明するのがちょっとむずいのだが、

皆さんの会社でも、

「社内営業が上手いやつ」というのは

1人ぐらいいるのではないか?

Sは、「与えられた仕事」とか

「今の状況の上手い切りぬけ方」

「特定の人物に気に入られる」

とか、そういうゲーム性のあるタスクの

『攻略』は割とうまいやつだった。

立ち回り方をよくわかっていた。

だけど、ルールもクソも、

何が何でも1本売るとか、

「がむしゃらに頑張る」という

ジャンプの主人公みたいなひたむきさは

あまりなかった。

世の中は時として残酷だが、

彼がもし「運」を持っていたら

話は別だっただろう。

だけど、そうではなかった。

投資用不動産の営業というのは、

「突き抜け」が最重要視される。

なんでもいい。恥をとにかく全捨てして、

がむしゃらになって自分の足で営業をするのである。

これはある面新人には酷なことだ。

がむしゃらや無心さには

「覚悟」が必要だからである。

意外と、シングルマザーとか、

デキちゃった結婚して後がない中途男性

とかのほうが売ったりする。

後に引けない状況があるゆえの「覚悟」が

そこにはあるからである。

今考えると、新卒のぽやっとした根性を

叩き直しつつ、どんどん追い込んで、

「売らなきゃヤバい」と思わせるような

環境が会社ではうまいこと作られていた。

私たちの代は、なかなか新卒の最初の契約が出ず、

皆苦しんでいた。一番遅い子は1年以上かかって

契約を出したぐらいのスローペースだった。

Sは、ラインを移るごとに、

無意識にストレスをどんどんため込んでいった。

一度、Sがうんこ臭いと騒ぎになったことがある。

彼はワキガとか、体質的に臭うタイプではなかったが、

隣に座る同じラインの先輩があんた臭すぎるよ…!

と言い始めたのがきっかけだった。

いきなり失礼だし、これは新卒いじめなんじゃ?

と勘繰ったが、どうやら調べると、Sは

「ストレス臭」というものを出しているらしく、

疲労やストレス、緊張によって

硫黄のような匂いがする、というのが

「ストレス臭」らしい。

それはやんわりと上司に伝わり、

周りにちょっと優しくされたりケアを

教わったSからは次第にその臭いは消えていった。

私アゲ、Sを落とす上司

彼は色んなラインを渡り歩いたが、

私と同じラインになったこともある。

それはもちろんあの上司の元である。

(参照※営業時代の話④〜初めての上司の話

この上司は割とモラハラというか、

体育会系の楽しくやろうぜ!!という

本人のアピールとは裏腹に、

重箱の隅をつつくような小姑の権化みたいな

性格をしていたため、

ダメ出しが基本姿勢であった。

これはどうだ!という自信をもって

仕事をすること自体、かなり無理があったが、

毎回毎回、あれはダメこれもダメと言われると

次第に心が死んでいく。

Sが入る2か月前ぐらいに、

ある一定の条件があるお客さんとの

商談のために、資料を作れと言われたことがある。

私は中途半端な完璧主義なので、

これ入れるならあれも入れなきゃならないし…

というぐるぐる思考になり、

ホッチキスを3回使うような厚めの資料を出した。

これをぶっ叩かれた。

「多すぎだろ!どこが見やすいんだよ!

 もっと簡潔にまとめろ!」

と言われ、

(そうだなあ…でもどこを削ったらいいか…)

と苦労した残念な思い出である。

その2か月後、Sが同じラインに入り、

たまたま同じ条件のお客さんにアポが取れたことがあった。

その上司は例にもれず、

同じ資料をSに要求したわけだが、

SはA4のペラ1枚ぐらいの

分量で上司に資料を提出し、

それに上司がブチぎれたのである。

「お前○○(私の名字)はこんな厚い資料

 出してきたんだぞ?!やる気も

 気持ちも全然違うじゃねえか!!!」

(ええええ!私のはSのよりマシだった

 ってこと?!じゃあ正解ってなんなんだ?!)

と驚愕したのをよく覚えている。

とにかく厳しけりゃいい、

結局何かしらケチを付けて鞭を与えて

教育する、というのが彼の「指導」

だったんだなあと今になると笑けてくるのだが、

当時は私も異常な精神状態だったので、

(私のほうが褒められてるってことは、

 私は最低なダメダメじゃないんだ、

 まだ下がいる、よかった)

という江戸時代の士農工商の身分の人間が

部落差別をするみたいな最低な捉え方を

していた。人間の精神状態は環境で

いくらでも変化するものだ。恐ろしい。

思えば、この頃からだろうか、

Sの「上手くやる」メッキがはがれてきて、

そんな状態をどうにかしようという気持ちも

薄れ、目も虚ろになっていったのは。

終わりの始まり

最後にSが入ったラインは、

一番ヤバいと称される上司の

Yさんのラインだった。

その上司と相性がいい子は売れ、そうでない子は

精神をボロ雑巾状態にされるという

All or Nothingまっしぐらのラインであった。

ちなみにSは全く売れなかったわけではなく、

ちゃんと結果を出したこともある。

(契約者だけ連れて行ってもらえる社長の焼肉会で、

 部長にカルビ丼を作ってもらっていたが、

 最終的にマッコリをぶっかけられ、

 マッコリ丼を泣きながら

 食べていたのはパワハラのいい思い出)

彼はいじられるのが上手く、

すぐ面白いことを言ってしまうので、

上の人間としてはかわいがりようが

無限大であったのである。

見た目がちびっこみたいなくせに

中身が下衆なのも、

部長にいいおもちゃにされた原因であろう。

よくもうやんカレーに連れていかれて

マーライオンのように嘔吐していたのは

シンガポールが社員旅行だった我々にとっては

印象的な思い出である。

そして彼の最後の上司のYさんであるが、

彼はSを精神的にとことん追い詰めた。

まあ追い詰めたというと聞こえが悪いが、

Yさんは悪意を持ってそうしている訳ではない。

単純に、売るまでの過程でどうしても人間が

頼ってしまう「甘え」の部分を徹底的に

削って最短距離で売れるように

部下を育てるという、

ただそれだけの人なのである。

思えば、私がいた会社は、

修羅の道をくぐった人間が多かった。

中国人の女性係長と、韓国人の係長がいたが、

(韓国人のほうはYさん)

言語の壁を越えて不動産を売るという

根性は並大抵のものではない。

日本にミサイルが落ちて、

難民になってモンゴルで高級車売りましょう、

と言われて皆はバリバリ売れますか?

ということである。

生きるか死ぬかのギリギリの環境にいた人間は、

「仕事がある」とか

「ちゃんとお金が稼げる」という

チャンスを絶対に逃さない。

その環境が恵まれていると

身をもってわかっているからだ。

仕事内容がきつかろうと、

今までの環境に比べたら天国なのである。

そして、どうすれば勝てるか、

全力で考える。妥協をするという頭など

これっぽっちもない。

彼らが今まで生きてきた世界は

事細かには聞いていないが、

想像を絶する環境だったらしい。

そりゃあ平成のゆとりど真ん中の

若者が新卒で入って、

同じ武器で根性刈り取られたら

ケガするのは自明である。

 

ただ、投資用不動産を続けるなら、

そのレベルの根性がなければ続かない。

ある意味本当に時間や経費の無駄を省いた

最強の指導法であったというのは

今にしてわかることである。

飛んで飛んで飛んで飛んで

さて、Sは虚ろな目になりつつも、

持ち前のガッツでまだ頑張っていた。

だが、「なんだかんだ頑張っている」

という周囲からの目線とは裏腹に、

Sは実はどんどん心が折れていっていた。

私は彼と一緒に飲みに行ったり、

話し込むということはなかった。

話そうとしても、

彼はどうしても女性の前でかっこつけたがる

というか、そういうところだけ少年のような

固めのガードを持っていた。

実は…という話を聞いたのは、

全部後から、彼と仲のいい同期の

野球バカのCから聞いたことである。

ある朝、Sの机から私物が一切消えていて、

連絡が一切取れなくなった。

ちょうどその時、私も病んでいて、

休みを取っていたりした時期だったので、

全部伝聞になるのだが、

Sはどうやら「計画的に飛んだ」らしい。

その前に業務部の人間が、

小金を持ち逃げして失踪したりしていたので、

会社の皆は営業が飛んだならまあ普通だな…という

落ち着いた反応を見せたそうだ。笑

飛んだあと、何かの連絡をするために

Sに一回ラインを送ったが、

普通に返事が返ってきて、世間話をして

なんだか普通過ぎて拍子抜けしたのを覚えている。

自分が飛ぶことを考えたら、

私は逆にストレスで死にそうになってしまうのだが、

周りから見たら、

普通の人間が飛ぶような環境のほうが特殊で

あったりすることも多い。

へえそうなんだ、という感想で

それ以上のこともなく、

意外とみな淡々といつもの仕事に

戻っていくもんである。

世の中の仕事を辞めたい皆さんは、

「1か月ルール」が嫌すぎて辞められない…

とか、引継ぎもないのに1か月も

会社に居続けなくちゃいけない…

とかいろいろ考えてうじうじするだろうが、

(私もめっちゃするからよくわかる)

次が見つかっていたら超強い。

3,4か月無給でも生活できる貯えがあるなら

なおさらである。

風の噂だとSは元気で暮らしているらしい。笑

皆さんが飛んだりするまで

追い詰められないことを祈るばかりである。

終わり!

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